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神無月から霜月へ

あー!やっと少し体の中のエネルギーが感じられるようになりました。どういうわけか9月の初めからずっと不調でした。原因不明・・・・。今もいつものようではありませんが・・・・。
喉の違和感はまだあります。耳鼻咽喉科の内視鏡、甲状腺のエコー、消化器の内視鏡検査をしましたが、異常はみられませんでした。それなのにこの違和感、どこから来ているのでしょう?気になります。
何だかエネルギーが消失してきて何もかもが億劫になり、やる気がなくなり・・・・。でも何だかんだと相変わらず忙しい日々でした。
やっぱり疲れているのかな?疲れがたまっているのかな?
こんな調子だし、喉の違和感も気になり、歌う気にもなれず、もう歌うのを辞めなさいというサインなのかしら?このままフェイドアウトでも良いかなと思ったりもして。

久しぶりに父方の従姉妹、母方の従兄弟、そして96歳になる叔母に会うことができました。偶然の重なり。父方の従姉妹は何と50年ぶりなんてひともいて。何だか不思議な関係ですね、従姉妹(従兄弟)同志って。偶然、父方、母方双方の従姉妹(従兄弟)に同時期に会い、我が人生においてドラマチックな時期であった10代の頃が思い出され、複雑な気分にもなりました。あれから長い月日を経て、立派におばさんになった今、過去なんか要らない!!過去より短いこれから先を頑張って生きるしか無いじゃない!!という気分です。だいたい私は地縁血縁とやらが苦手だし・・・。
とは言え、10代の私は、従兄弟たちや96歳になる叔母に随分支えられました。
そして、ここまで生きてこられたのです。ありがとうございました。

私のコンサートのヘアーメイクを担当して下さっている平田義政さんのヘアーサロン開業30周年のパーティーがありました。私は、発起人+実行委員。張り切って参加させていただきました。平田さんのお人柄そのままがパーティ―になったようなあたたかで明るくて幸せを感じる会になりました。滝田栄さんは4回も乾杯のスピーチをなさり、倍賞千恵子さんは、ずっと居て下さり予定以上にたくさん歌って下さいました。
私、倍賞千恵子さんの歌の伴奏をさせていただいたのですが、歌うと言うことはこういうことなのか、と、大いに勉強になりました。私なんて音符を歌っているだけだな、と。
38年も活動を続けてきたのにまだまだ・・・・。
倍賞さんは私の乳がんの先輩でもあり、随分励ましていただきました。平田さんも倍賞さんも本当に有り難い存在です。
平田さん、30周年おめでとうございます!!
さまざまなシーンで私を励まし支えてくださいました。どうもありがとうございました。

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假屋崎省吾さんの華展、堤江美さんの自作詩の朗読会、フードスタイリストのマロンさんのコンサート等など、長くその道を追及されている方の催しものにも参加させていただきました。みなさんそれぞれの個性で自分のワ―ルドで素敵に頑張っていらっしゃいます。表現したい情熱が溢れています。さまざまな表現に触れ、気付いたり学んだり・・・。このように、私は、いつもたくさんの方から刺激を受け、助けられ、前へすすんできました。

長く、長く、情熱を持って表現すること、いろいろな方の支えなくして生きてくることは出来なかったこと等、考え感じることの多かった今年の神無月でした。

そして、いよいよ霜月。
11月1日は、所属する大学の大学祭。私が指導している地域の方々の合唱団が中央ステージに出演、そしてゼミ生がミュージックカフェを開店と、教員吉岡は大忙しでしたが無事に終了することができました。元気なパワーに触れ、この調子で年内は乗り切りたいと思います。

今週末はゲストでミニコンサート、そして15〜17日、ソウルに行ってきます。
その後も、リハーサル、大学、仙台でのコンサート、クリスマスチャリティ―コンサートと続きます。ひとつひとつ大切に、明るく軽やかな気持ちでのぞんで行きたいと思っています。
それにしても、母親が安定した状態で元気でいてくれるので助かります!今日も検査結果を聞きに行きましたが、問題はあるものの、私のソウル行きは問題ないので、安心して旅立てます。
頑張れ!!86歳の光子さん!!

想いをつなげるコンサートin長崎、そしてこのごろ

沖縄でのコンサート報告から、ずっとブログの更新をせずに気が付けば9月下旬。
長崎でのコンサート報告を、と思っていたのに、長崎から8月13日、夜遅く帰宅してからぐったり、気力も湧かずの状態でした。今年の夏は本当に暑かったし、その最中の沖縄と長崎コンサートでしたから無理もないですね。。それに、5月の連休頃から、CDのレコーデイング、7月6日の大がかりな“戦後70年”をテーマにした七夕コンサート、そして沖縄、長崎・・・、疲れるのは仕方がないですね。
8月1日~5日が沖縄、8月7日~13日までは長崎でした。10日が旧香港上海銀行長崎支店記念館ホールでのメインのコンサートで、8日は長崎県立総合体育館で開かれた長崎集会でのミニコンサート、12日は、五島列島若松島の祭りでカツルミちゃんのコンサートゲストで参加させてもらいました。
「戦後70年、想いをつなげる」というテーマでのぞんだコンサートは、おかげ様で、各会場で、想いを伝え、つなげられたと実感できるものになりました。
今回は、長崎での初めてのコンサートでした。
出島、隠れキリシタン、明治の産業革命期を担い、そして原爆。それぞれの地を訪ね、人々の深い悲しみと生きることへの強い想いが絡み合う長崎県は、沖縄県とは違った意味で私の中で特別な県となりました。
8月9日、11時2分。町中にサイレンが鳴り響く中、私も黙とうをし祈りを捧げることができました。そして、7月6日の七夕コンサートで,東京純心女子学園のみなさまにご協力いただきご紹介した、原爆投下により教職員も含め214名が生命を落とした長崎純心女子学園にも伺う事が出来ました。

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IMG_2567.JPG (外海の教会)
IMG_2764.JPGIMG_2774.JPGIMG_2811.JPG (五島の教会群)


こうして、東京、沖縄、長崎と「戦後70年、想いをつなぐコンサート」を終えることが出来ました。感無量です。お世話になった方々へ、そして新たなる出会いに心より感謝しております。

猛暑から急に涼しくなり、日本各所で災害が頻発しています。安保法案はあのようになってしまうし、何だか明るい気持ちになれないことばかり・・・。

私の周りでも・・・。何だか次から次へと・・・。今月に入り、右側の喉に違和感が続き、耳鼻咽喉科を訪ね喉の内視鏡検査をしてもらいました。喉に異常は無いとのこと。でも違和感は直らず。ほかの病気かしらと・・・。ストレス性じゃない?と言う人もいますが・・・。何だかパワーがいまひとつで、前向きになれない日々です。
相変わらず、不眠状態もきつく。
でも、明日、27日は会津若松でディナーショ―、29日は鹿嶋市で、看護師を目指す方々へ向けてのコンサート。バッテリーチャージがフルでは無く、ちょっと足りない感じだけれど、きっとコンサート中にどんどん充電されていくかもしれませんね。

さ~て、準備!準備!

あ!そうだ!良いこともありました。私9月11日に無事歳を重ねることができました。
19日、息子の結婚式でした。親族だけの地味婚でしたが、しげ美母さん、留袖を着て金屏風の前に立ち花束を渡されました。よく見る光景ではあったけれどそこに自分がいるとは・・・。
そして、8月30日に事務所敷地内に止めてあった自転車が盗難にあい、もう諦めて、そろそろ新しい自転車を購入しなければと、今日自転車屋さんに見に行っていたら、警察から電話。何と、あの自転車が発見されたのでした。急いで交番に行くととても元気な姿。いなくなってしまった時のままの姿。事務所から歩いて5分位のところにここ2~3日放置されていたとのこと。鍵もついたまま。本当に奇跡!!見つかってもヨレヨレで、遠くに行ってしまっているに違いないと思っていたので、とにかく驚きました。塩とウエットティッシュを持参して、お祓いして拭いて・・・、1か月前の日々が戻ってきました。でも、何だか不思議で、変!!それに、この自転車を無断で乗って行った人は確実にいるわけで、何かいやな気分ではありますが・・・ね。

想いをつなげるコンサート in 沖縄

「戦後70年の想いをつなげて」という想いで企画した東京・沖縄・長崎でのコンサート。
沖縄でのコンサートを終え、4日の深夜に帰ってきました。
「戦後70年の想いをつなげて」がテーマですので、沖縄、長崎はそれぞれ地元の方とのジョイントを望んでいました。
8月2日、沖縄那覇市では、朗読グループの平和朗読・首里の方々、元琉球放送のアナウンサーで自らも朗読をし、またその指導をしていらっしゃる金城まり子さんが協力して下さいました。金城さんとは30年来の友人です。実行委員会も作って下さりコンサートの運営もして下さいました。
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会場は、那覇市中央公民館。古い建物で、返還前は琉米文化会館として使われダンスパーティー等も開かれたそうです。以前はミラーボールもあったとか。でも今は、ステージに特別な照明は何も無い状態。ちょっと暗かったけれど、戦後70年コンサートに相応しい会場でした。そこに、想像以上にたくさんのお客様が見えました。最初は、平和朗読・首里の方々の、絵本「マブニのアンマー」の朗読、そして金城まり子さんが、今年の慰霊の日に選ばれた児童・生徒の平和メッセージから、「みるく世がやゆら」を朗読して下さいました。
その後が、私のコンサート。金城さんが進行役と朗読をつとめて下さいました。今回で沖縄でのコンサートは、5回目ですが、1曲1曲や、話すことへの反応の良さに驚きました。こんなに反応が良かったのは初めてのことです。平和朗読・首里の「平和へ」の朗読のBGMにピアノで参加したり、最後に会場のみなさんと「童神」「いったーあんまーまーかいが」を歌ったり。会場のみなさんはとても上手。ひとりひとりにマイクが向けられても大きな声で本当に上手に歌われました。このように和気あいあい、盛り上がって終わった、本当に気持ちのスキッとしたコンサートになりました。勿論、参加してくださった朗読グループの方々、金城さんたちとも気持ちよく終わったことを喜び合うことが出来ました。昼間ランチに行った「金壺食堂」のママ、「行くわ」、と言っていたら、本当に来てくださり、これにも感動!こうして、平和への想いをつなげるコンサートの1日目は、「つながった」という実感とともに無事終えることが出来ました。
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平和朗読。・首里のみなさま、金城まり子さんとIMG_2358.JPG
「金壺食堂」のママと。本番当日、食堂にランチに行った時。初対面。

そして、2日目、8月3日。場所は、宜野湾市にある「佐喜眞美術館」。まず着いて驚いたのは、普天間基地に隣接していて、美術館の前に基地のフェンスがあると言うことでした。お話を伺えば、もともと佐喜眞さんの先祖代々の土地(お墓も)であったところを、普天間基地から取り戻したと言うのです。そして、1994年に私設美術館である「佐喜眞美術館」を開設したとのことです。中に入り更に驚いたのは、丸木位里・俊さんの「沖縄戦の図」、そしてその連作が常設されていることでした。そして、その空間にグランドピアノが運ばれ、コンサート会場となりました。これは、大変なことです。素晴らしすぎます。恐ろしいことになりました。
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このコンサートは、一般公開では無く、北中城じんぶん大学の夏季講座として開催されました。じんぶん大学の会員である観客の方々は、とても熱心な方々ばかりで、その反応は絶えず歌を通して想いが伝わっていることが実感できるものでした。終わった時の熱い拍手とアンコールの声。沖縄で初めての経験でした。IMG_2430.JPGIMG_2426.JPGIMG_2434.JPGIMG_2435.JPG

2日に渡る沖縄でのコンサート。やっと沖縄の方に受け入れてもらえたと思えるものになりました。今回で5回目。今まで、沖縄でコンサートを行うたびに、私だけが空回りして、観客の方と何か溝を感じてばかりでした。平和をテーマに、金城さん、平和朗読・首里の方々とジョイントが出来たことによって、やっと受け入れていただけたのだと思います。

「想いはつながった」、私にとってこの上ない成果でした。

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今回の私の想いを受けて力になって下さった金城まり子さん。心より感謝しております。


そして、明日から長崎です。
本当に暑い毎日でバテ気味ですが、行ってきまーす!!

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七夕コンサート、つなげられたと思います!!

ご報告が大変おそくなってしまいましたが、
7月6日に行った吉岡しげ美七夕コンサートvol.18「わたしが一番きれいだつたとき」~戦後70年から未来へ詩いつなぐ~、を、無事に終わらせることが出来ました。欲張りな企画、たくさんの出演者・・・・、無事終わることが出来たのが奇跡のようなコンサートでした。天空の星々に感謝するのみです。
今年は、「戦後70年」をテーマにコンサートを開催したい、その想いをつなげたい、という思いだけで走り続けました。戦争をくぐり抜け、戦争を見つめ表現活動をし続けてきた漫才師の内海桂子師匠、映画監督の羽田澄子監督、美容研究家の小林照子先生のそれぞれ異なる状況での終戦の日、そして想いは戦争と言うものを直に伝えてくださる貴重なお話ばかりでした。「戦争は終えることができるのか。それならもっと早く終わらせて欲しかった」と、大連で終戦を迎えられた羽田監督が、終戦を知ってまず思ったと言うこの言葉に、うなずかれる方も多くいらっしゃいました。何のための戦争だったのか、茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」の内容そのままの想いです。
そして70年前に原爆が投下され教職員を含む214人の生命を奪われた長崎純心女子学園、その時の校長であり陣頭指揮を執った江角ヤス先生の想いを継承している東京純心女子学園のOGと教職員達のコーラス、理事長のシスター森山叡子先生のお話は、本当の平和への想いを受け継ぎ、平和への輪を広げていかなければならないという純粋な想いが合唱とメッセージになり、観客の方々の心に深く響き、感動が膨らんでいったようでした。
20代の若いミュージシャンたちも一生懸命演奏してくれました。10代~90代までの出演者、客席もさまざまな世代でした。「つなげたい」という望みが叶いました。
良い反響がたくさん届いています。舞台上に、そして客席に参加して下さった皆さまに感謝しております。心よりお礼申し上げます。
8月1日~4日まで沖縄、8月7日~13日まで長崎とコンサートが続きます。7月6日の大きな反響と想いを胸に、平和への想いをつなげるべく、精いっぱい演奏したいと思っております。

浜離宮朝日ホールへ打ち合わせ
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ミュージシャンとリハーサル
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東京純心女子学園での打ち合わせ(私の隣は理事長のシスター森山叡子先生、後列向かって左は校長のシスター松下みどり先生、右は、副校長の保坂博子先生) IMG_1994.JPG 東京純心女子学園のコーラス部OGと教職員のみなさまとの練習 IMG_2011.JPGIMG_2021.JPG 内海桂子師匠と打ち合わせ・浅草東洋館にて IMG_2029.JPG 7月6日七夕コンサート本番の写真 001_先行.jpg003_先行.jpg004_先行.jpg007_先行.jpg005_先行.jpg008_先行.jpg 終了後、コンサート制作のインターンシップに来ていた私のゼミの学生と IMG_2034.JPG

いよいよ七夕コンサート「わたしが一番きれいだったとき」まで1週間。テーマは「戦後70年」

いよいよ7月6日の七夕コンサートまで1週間と少しになった。今年で18回目。
毎年、今頃準備に忙しくしているけれど、今年は、特に大変。10代~90代まで25人の出演者。大変といっても、さまざまな世代がステージに立つことが、今回の七夕コンサートのテーマ「戦後70年」で、私が望んでいたことだった。願いが叶ったのだ。
20代~30代そこそこの若いサポートミュージシャン。ゲストトークは、92歳の内海桂子師匠、89歳の羽田澄子監督、80歳の美容研究家小林照子先生。そして、被爆した長崎純心女子学園の想いをずっと繋げている東京純心女子学園のコーラス部OGと教職員が聖歌等を歌って下さる。理事長のシスター森山叡子先生もお話下さる。そして40代の近内仁子さんの朗読。
そう、もはや戦争を体験者が語る時はリミットを迎えている。繋いでいかなければならないのだ。だから、“つなぐ”を主軸においてコンサートを開催しようと思った。客席にもさまざまな世代がいて欲しい。
新聞等マスコミの方々に随分お力添えをいただいた。そのおかげで、今回のコンサートは、私のコンサートに初めていらっしゃる方が半分以上。嬉しことだ。この出会いを膨らませて行かれるように、きちんとしたコンサートにしなければ、と、自分に言い聞かせている。
演奏も満足していただけるように毎日練習!練習!
何カ月もかけて必死に準備して来ても、たった2時間で終わってしまうステージ。この連続で人生の半分以上を過ごしてきた。絶えず1点に向かって。
これも、平和だからできること。良い戦争、幸せな戦争なんか無い。
コンサートの終章では、拳を上げるのではなく、いまこうして生きている事、笑ったり、怒ったり、泣いたり・・・、この日々の継続、生を受けたものがそれらしく生きて行くことこそ平和なのだ、と、音楽でメッセージしたいと思っている。

今日、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」に電話出演した時に、平和や戦争という言葉を言いかねてでいた私に、大沢さんが「戦争はよくない、平和が大切」と言うことですよね、と言うような言葉できっぱりとフォローして下さった。大沢さんの想いが重なっているように私には聞こえた。そして、何度も「コンサートに行きましょう」と、言って下さった。大沢さん、どうもありがとうございます。

さて、兎にも角にも浜離宮朝日ホールでのコンサートまであと1週間。想いを音楽とトークで伝え、ゲストのみなさんの想いを繋げて行くのは私の役目。

はい!!やります!!大丈夫!!
戦争はだめ!!平和が大切!!生命は大切!!
少しもぶれませんから・・・。

コンサート情報は↓
http://concert.shigemin.com

そして、7月6日には、マキシシングル「詩(うた)い・つなぐ」が発売され、沖縄県2か所、長崎県3か所でのコンサートが続きます。

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マキシシングル「詩(うた)い・つなぐ」制作

先週、マキシシングル「詩(うた)い・つなぐ」の録音が終わりました。
私は、以前からずっと、「わたしが一番きれいだったとき」(詩:茨木のり子、作曲:吉岡しげ美)「君死にたまふことなかれ」(詩:与謝野晶子、作曲:吉岡しげ美))、この2曲をカップリングしたCDを制作したいと思っていました。38年近く歌い続けてきた詩です。女性の眼差し、体験から生まれた生命への想い、戦争への怒りは、私の想いと重なり日本国内はもとより海外でも歌い続けてきました。
昨年のはじめ頃から、来年は戦後70年でもあるし、2曲をカップリングしたCDの制作をしたいと思っている、と音楽関係者に話していましたが、「戦後70年だからといって、それでCD出すなんて、意味ないでしょう」という返事。そうかもしれないな、単なる自己満足か・・・・、何となく一歩踏み出せない状態にありました。
そして今年、戦後70年のその年になり、七夕コンサートはテーマを「戦後70年」にすることにし、7月6日のコンサートに向けてどんどん準備が進められていきました。
何かが足りない。やっぱりCDだ。自己満足だって良いじゃないか、やるっきゃない!!自分で作ろう!!そう決心したのが4月の終わり頃でした。今回は詩を伝えたいので、ピアノだけの伴奏にしよう。でも自分の弾き語りだと狭くて小さな世界にかたまってしまいそうなので、ピアニストは熱田公紀さんに頼もう。
熱田さんが参加してくれることになり、スタジオは以前録音したことのあるパストラルサウンド、ミキサーは園田圭吾さん。ディレクタ―をたてず、私がディレクションまですることに。これで音源作成はOK!!あとは、ジャケット、盤面製作、流通のこと等など・・。すべてを一括して引き受けてくれる会社をパストラルサウンドから紹介を受け、どうにか7月6日のコンサートの日に発売することができるようになりました。
あり得ないくらい限られた時間の中でここまで来ることが出来ました。凄いことです!!
みなさんの力の結集あればこそ・・・・。感謝のみです。
ボーナストラックは、映画『百合子、ダスヴィダ―ニャ』のエンディングテーマで、CDになっていませんか?と、聞かれることの多かったインスト曲の「さよなら、私の愛」(作曲:吉岡しげ美)です。
あとはジャケットのデザインを待つのみ。綱渡りのような状態ですが、きっと一気に仕上げたパワーが感じられるCDになるだろうと思っています。
大変でしたが、やっぱり、CD制作をスタートさせて良かった!です。何と言っても、気持ちはスッキリです。

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左からミキサーの園田さん、私、ピアノの熱田さん


もう5月。

もう5月10日。気が付けば1か月以上ブログを更新していませんでした。
毎日毎日更新している方が多い中、まったくずぼらで怠け者ですね。筆まめでもなく・・・。

この間、とても忙しくしていました。3月31日から大学が始まり、そして、コンサートの組み立て、CD制作の計画等など・・・・。一進一退の状況を乗り越え、さまざまな方のお力添えのおかげで、戦後70年をテーマに、東京、沖縄県那覇市、長崎県長崎市を繋ぎたいと言う願いが叶い、実現に向けて走り始めました。そして、これ以上は無理かなと半分諦めていましたが、「わたしが一番きれいだったとき」「君、死にたまふことなかれ」をピアノだけで歌うという戦後70年限定ミニCDも制作することになりました。

ずっと詩人の書いた生命へのメッセージを歌い続けてきた私にとって、今年は、素通りすることの出来ない年になってしまいました。
それゆえ、誰に頼まれたわけでもないのに“戦後70年”をテーマに走り出してしまったわけです。

7月6日浜離宮朝日ホールでの七夕コンサート「わたしが一番きれいだったとき」は、チラシも出来上がり、いよいよ!です!!内容等後日ご報告しますね。
那覇、長崎に関しては、そこにお住まいの方かゆかりの方とのジョイントを望んでいました。那覇は元琉球放送のアナウンサー金城まり子さんを中心とした朗読グループ、長崎は、長崎出身で長崎でも活躍している(東京在住)シンガーソングライター・カツルミさんとのジョイントが実現しました。カツルミさんは、私と同じピアノの弾き語り、でも年齢は私の息子と一緒。那覇、長崎・・・、どのようなコンサートになるか、本当に楽しみ~!

ここまできたら、あとは体力勝負!!ですね。

それと、西武池袋線富士見台に、母親所有のアパートがあるのですが、そこにもともとあったスペースを内装し、スタジオHappy Box富士見台(注・立派なスペースではありません)を、5月17日にオープンさせることになりました。17日、18日は、「ばっかりばっかり」という劇団がこけら落しの朗読劇をします。内装の発注、椅子やパ―テ―ションの購入、看板発注・・・・。結構大変だったこのスタジオ作りの準備。いろいろな方のお力を借りて、ここまでたどり着くことができました。
これからの運営は大変そうですが、少しでもあたたかい何かを発信できれば、と、思っています。

大学の方は、ゼミ生や看護学部の学生が音楽交流に伺う高齢者施設も決まり、授業で毎年地域の伝統芸能の方々を3回連続でお呼びしているのですが、今年も来て下さることになりました。すべて交渉成立!!

コンサート、レコーディング、大学・・・。主なることは決まりました。8月10日の長崎のコンサートまで頑張ります!!

ああ~、それにしても、私のしていることは、さまざまな方のお力添え無くしては成立、実現しないことばかり。
この場をかりてみなさまに心よりお礼申し上げます。いつも、いつも、本当にどうもありがとうございます。

ここのところ5月らしい爽やかな日が続いていますね。気持ちも爽やかで前向きになってきます。
連休中ちょっとダウンしましたが、さて一気に参りましょう。
母親に大きな事件が無いので助かっています。と言っても、風邪を引いているので明日はお医者に連れて行きましょう。

SAKURA

桜が満開です。今年もまた桜と会うことができました。

いつも桜が咲いた頃に父のお墓参りに行くのですが、今年は「今日行かないの?」と、母親から突然電話かあり、お彼岸の中日に行ってきました。いつも、中日に行こうなんて言わない母親なのにどうしたことでしょう。
「いつも中日に行こうなんて言わないじゃない」「そんなことないわよ」「言わないわよ!誰かが中日だと言っていたから、そうだ行かなければ、と思ったのでしょう」「そんなことないわよ」と、車を運転している私と母親はこんな感じ。
でも、お寺に着いて駐車する場所が混んでいたこと、桜が咲いていないことで気がついたようで、「この日に来たことはここのところなかったわね」と。ほらみなさい!お互いにムキなっていましたが、ま、他愛のない母と娘の会話です。
お墓に着くと、先にお参りに来た方のお花とお線香が・・・。○○さんかしら?○○さんかしら?・・・と。
たくさんのお墓にたむけられているお花たちを眺め「何てきれい」と、新鮮な発見をしたような母。そうよ、だからここのところお彼岸の中日には来ていないのよ。

この日は、どう言うわけか、たくさんの方々が私の背中に。そして帰宅してもご一緒でした。震災後の9月のお彼岸の日に岩手県大槌町に初めて伺った時、たくさんの方が私の背中に負ぶさって練馬までいらっしゃってしまったあの感覚に似ていました。

「この歳になると死ぬのが怖いのよ」と、母は言います。「今始まったことではなく、私が子どもの頃からそんなこと言っていたじゃない。だから私もすっかり影響されてずっと死が怖くて、怖くて・・・・。」「あら、それはすみませんね」と、母。年老いてからこんなことを娘に言われるのはきついだろうな・・・・。

私は、ずっと前から、コンクリートで出来たエレベーターのない古いアパート(昔の公団住宅のような)を見ると、何とも懐かしく住みたい気分になっていました。不思議な気分でした。中国に行ってもその手のアパートをみると同様な気持ちになったりして・・・。いつも、いつもそう思うので、きっと前世の私はこのようなアパートに住んでいたに違いないと思っていました。ところが、ここ数年まったくそのような気持ちになっていない自分に気付いたのです。どうしてだろう?はてな?はてな?う~ん、そうか、そのひとは、今の私の年齢まで生きていなかったのだ。だから、私の中からあのアパートへの感情が消えていたのかもしれない・・・!そうか!そうだ!そうに違いない!納得。え!?でも、そんな昔からコンクリートでできたアパートあったのかしら?妄想か・・・、単なる妄想だったのか・・・、変なの。

あれ?何だか死だの霊だの前世だの・・・・、あちらの世界の方向へどんどんはまって行きそうです。
満開の桜の幽玄さが私にこのようなことを書かせているのですね、きっと。

私は、ここ数日、東京スカパラダイスオーケストラの25周年日本武道館コンサートへ行きご機嫌になったり、友人の仲倉重郎監督の久々の監督作品「マンゴーと赤い車椅子」を観に行き、仲倉監督だからこそ撮れた映画(仲倉監督も15年前に突然車椅子になりました)、その根底にある辛さを逆転して生きる彼独特の生き方に通じる深さからくる爽やかさに感動しました。そして、韓国の俳優でんちゃんが客演していた「悪い冗談」では、30代半ばの作・演出家、広田淳一さんの戦後70年をテーマにした芝居に、同じ想いだね、と、何だかとても嬉しくなりました。
まだまだいろいろありますね、心のカンフル剤。大丈夫!しばらくはこちらの世界で。

そうそう、新しく買った体重計。お節介にも、体重だけではなく、私の様々な肉体情報が点滅します。
何と!私の体内年齢70歳!70歳~!まだ体験していない70歳を身体だけが体験しているなんて!!これこそアンビリバボー~!!

花より団子等とは言いません。
桜の花びらとともに私の脂肪も一緒に散って欲しいものです。

何だ!今日のブログは、支離滅裂。桜の季節は様々な想いが去来し、はしゃいだり、想いにふけったり心が定まらないですね。

桜狂乱・・・・。今年も僅かな日々のSAKURA狂乱、これで良いのだ。

何はともあれ、暫くは、今年の桜を楽しみましょう。桜は本当に美しい・・。

SAKURA、SAKURA・・・・、SAKURAよ、SAKURA。



ずっとこのままで

ここのところ、いろいろな日々です。
9日は、地域で活動する18歳以上の知的ハンデイを持つ方が仕事をする授産施設
「工房ヴイ」の方々と私が教える言語聴覚士学科の学生との音楽交流がありました。
今回で8回目だそうで、そんなに!?と、ただただ驚いてしまいました。参加する言語聴覚士学科の学生は1年生なので、毎年メンバーは変わりますが、「工房ヴイ」の方々はほぼ同じメンバーです。8年間、変わらず元気でパワフルで。毎回私も学生たちも元気をいただき会場は笑い声でいっぱいです。
でも、不思議なことがひとつ。「工房ヴイ」との交流の日は、必ず雨か雪・・・。今年も雨でした。でもその分みんなの心は快晴なので、バランスが取れていると言うことでしょうか!?

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10日は、原宿ラ・ドンナで、金子みすゞの詩を歌うコンサートでした。前夜から当日午前中まで準備に追われ、お昼にヘアーメイクの基本を作っていただきに銀座のサロンへ。そして、ラ・ドンナでのリハーサルは14時から始まりました。何だかわさわさしているうちに、客入れとなり、本番となり、終演。ステージも客席も和やかで、ミュージシャンもお客様も「楽しかった!!」と。
4年前のこの日に、同じラ・ドンナでコンサートをし、翌日が大震災でした。そして、今年の10日は、金子みすゞ没後85年、東京大空襲から70年目のその日でもありました。節目が重なって!と、そればかりを連呼する気はありませんが、それぞれのことを重く受け止めなければならない・・・。感慨深い日でありました。

演奏曲目:詩:金子みすゞ 作曲:吉岡しげ美(Part.Ⅱ 1~4を除く)
●Part Ⅰ
1. 「足ぶみ」2. 「私と小鳥と鈴と」3. 「積もつた雪」4. 「露」5. 「こころ」
6. 「草原」7. 「極楽寺」8. 「鯨捕り」9. 「雀のかあさん」10. 「睫毛の虹」11. 「さかむけ」12. 「誰がほんとを」
●Part Ⅱ
1. 「昭和のラジオ」(作詞:笹沼啓作 補作詞:榊原広子 作曲:榊原政敏)
2. 「星物語」(作詞・作曲:吉岡しげ美)
3. 「なにとなく・・~春月~やわ肌の・・・」(短歌・詩:与謝野晶子)
4. 「わたしが一番きれいだったとき」(詩:茨木のり子)
5. 「星とたんぽぽ」6. 「りこうな櫻んぼ」7. 「みんなを好きに」8. 「萬倍」
9・「このみち」

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11日は、確定申告のために整理したものを最終チェックして、税理士さんに渡しに行きました!!あ~、今年も書類、領収書、苦手な数字との格闘が終わりました。毎年憂鬱。でも、忙しい時期に、ぎりぎりまで届けに来ない私に、税理士さんの方が憂鬱な気分になっているのでしょうね。

12日は、午前中は、ゼミ生と卒業アルバムの記念撮影、午後は専門学校の卒業式、夜は、退職なさる先生方の送別会。ここしばらくは、「おめでとう!さよなら!」の日々が続きます。でも、「おめでとう!さよなら!」のあとには、必ず「またね!!」が、続きます。そのようでありたいから・・・。

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13日は、ひとつ打合せがキャンセルになり、コンサートの残務整理。そして、カメラマンの宇佐美哲史さんが、昨年のコンサート写真の納品にきました。写真を見ながら「みんなに太ったと言われているけれど、そうでもないじゃない、ね!」と、私。「そんなことありませんよ。そうでもないのを選んでありますから・・・」と、哲史くん。あじゃ~、やっぱり健康のためにも痩せなければ、ですわ。久しぶりに一緒に食事。37歳の哲史くんは、私よりずっと疲れている様子。仕事と家族、男子もそれなりにきつそうです。

今日は、日本で就職した中国鎮江市の王君が。明日は、日本の劇団の芝居に出演するために韓国ソウルから来ているでんちゃんが事務所にきます。そして、明後日は・・・。

いろいろな日々・・・。
私は、このような日々がずっと続いていて欲しいな、と心底思います。

母親と練馬の町内をゆっくりゆっくり歩いている時、原宿で楽しそうな若者を見ている時・・・・・・。ずっとこのままで、と、いつもそう思います。
いつまでも今日のような明日が必ず来て欲しい、穏やかな明日が・・・、と。

地震が、津波が、火山の噴火が、そして虐殺と戦いが・・。そのようなことの不安と現実があることなど考えたくもなく・・・。そんなことがあっては嫌だ!本当に嫌だ!と。

ずっとこのままの日々の中で、悩んだり、悲しんだり、落ち込んだり、笑ったり、喜んだり、うきうきしたリしたいのです。
ずっとこのままの日々が続いて行くこと、今日のような明日がくることが当たり前であること、そうあって欲しい、とにかくそうあって欲しいのです。

ずっとこのままで・・・・、ずっとこのままで日々を重ねたい・・・・・・・、ずっとこのままで・・・・・。


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